HISTORY

そのさき弘道の歩み

政治家になった経緯

元々、学生時代から政治には興味があり、議員インターンシップを通して色々な選挙を手伝ったりしていました。秘書になることも考えましたが、身内に政治家がいるわけでもなかったので、「一度、就職しよう」と思い、カネボウ化粧品に就職しました。

就職1年目の時、カネボウが産業再生機構に支援指定されました。そして、カネボウの子会社であるカネボウ化粧品がカネボウの株を取得し、カネボウを復活させるという、「カネボウリバイバルプラン」が走り出しました。しかし、その矢先、今度は粉飾決算を行っていたことが発覚し、当時の社長が逮捕されました。

就職した会社が3年で潰れる、正確には花王に買収され、やはり政治に何か縁があるのかもしれないという思いになり、当時新人だった衆議院議員いざわ京子先生の選挙を応援し、京都6区にご縁をいただきました。自らが議員としてやってみたいという思いを持ち、約2年間の準備期間を経て、城陽市議会議員に立候補しました。

そのさき弘道 歩み画像
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城陽市議会議員に

出身は西宮市でしたが、いざわ先生の選挙をお手伝いした際、京都府南部の自民党若手議員の皆さんの熱意に触れ、この人たちと学び行動したいと思い、城陽市から出馬しました。

そして、もう一人のキーパーソンはいざわ先生の前の衆議院議員であり、京都府議会議員、八幡市市長を務められた菱田嘉明先生。菱田先生には政治に対する向き合い方をはじめ色々なことを教えていただきました。

また、城陽市が抱える環境問題である「山砂利跡地問題」にも関心がありました。高度経済成長期の頃、城陽市はコンクリートの材料となる砂利の一大産地でした。山を削って砂利を掘ると、当然、大きな穴ができます。その穴をどうするかというのが山砂利跡地問題です。環境問題に関心を持つようになったきっかけは、学生の頃に見たNHKの「島が沈む」というドキュメンタリー番組です。これも政治家になろうと思ったきっかけの一つです。

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京都府議会議員に

市議会議員を7年務めた後、前任者の奥田敏晴先生が城陽市長になられたので、補欠選挙で公認に選ばれました。

当然、市議会と府議会での取り組みは繋がっていますが、それぞれ役割分担があります。市議会は、PTAや自治会から直接入ってきた地域の人の声を、市の行政にぶつけるというのが役割です。一方、府議会は、市だけでは解決できない問題を府で、場合によっては国と協力して解決できないか模索するというのが役割です。城陽のことを考えつつ、京都府全体のことも考えるというのが今の仕事です。市議会議員を7年務めた経験は今も活きています。

今、最も取り組んでいること

新技術の実装に力を入れています。実証実験に取り組んでいるところは多いですが、いつまでも実験の段階にいるのではなく、実装することが、世界との競争に勝つには必要だと考えています。

新技術を実装しようとすると、必ず法の壁にぶつかります。例えば、最近よく街で見かけるようになった電動キックボードは、時速15キロメートル以下だと免許もヘルメットもいらないといいます。そういったルールを決めるのは国であり、法です。規制を強めるにせよ、緩和するにせよ、新しい技術を採用するには、ルール化が必要になります。この議論をしっかりしなくてはならないので、ひたすら研究しています。

きっかけは、4年前の小林史明青年局長(当時)の青年政治大学校での講演です。やはり、新技術やデジタルといった分野は、日本の行政の中でも、京都府の中でも遅れている分野。これを深めることは、青年局世代の議員としても大事な役割なのではないかと思っています。

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いわゆる新技術と言われるものは一通り視察しました

特に気になっている新技術は、工場栽培のレタスです。4年ほど前、視察先の植物工場で作られたレタスを食べました。日光に当たっていない、土にも触れていない、農薬も使わないという環境で作られたレタスです。これが食べてみるといたって普通のレタスだったのです。これなら砂漠や寒冷地でも作ることができますし、水質管理や温度管理といった空間制御の分野は、世界と比較しても日本は得意な分野の一つであるといいます。世界的な食料不足問題の解決にもつながると思いました。

新技術が実装されると、産業構造が変わってしまう恐れがあります。そうなると、既存の技術によって利益を得ていた産業は衰退してしまう。だからといって、新技術を規制すると、今度は海外との競争に負けてしまいます。ここに規制緩和の難しさがあるように感じます。

工場栽培のレタスの話の論点は、同じレタスでも、農地で作られたレタスと都市の工場で作られたレタスの課税の割合は異なるということです。都市で作られたレタスも、農地で作られたレタス並みに減税することができないかと考えています。

昨年、府議会の議員団の中で提案し、スマートライフ推進議連を発足させました。また、城陽市の木津川運動公園の整備計画の中に「新しいテクノロジーの積極的な活用」という言葉を加えることができました。いずれにしても、新しい技術を応援して、成長を生みだすということが重要だと考えています。

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人工光型植物工場

障がい者スポーツ政策への思い

パラリンピック競技を京都府に誘致しようと提唱されたのは京都府立医科大学の副学長であった久保俊一先生。久保先生から、サン・アビリティーズ城陽にナショナルトレーニングセンターを誘致したいというお話を受けたのがきっかけです。そして、ナショナルトレセンに必須な空調設備の予算獲得に動きました。スポーツ庁の鈴木大地長官(当時)にも来ていただき、京都府の障がい者スポーツ振興とパラリンピックに向けた機運を盛り上げていただきました。 今はNPO法人の代表も務めており、パラリンピックの壮行会も私のNPOが主催して、京都府の後援もいただきました。

サン・アビリティーズ城陽は京都府の障がい者スポーツの拠点となり、他府県からもパラアスリートに来ていただけるようになりましたが、やはり、交通の便にやや難があります。そこで今考えているのが特別支援学校の体育館の土日開放。ですが、なかなか進まず苦労しているところです。

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鈴木長官と
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「パワーリフティングはこう持ち上げる」

政治家として大切にしていること

最初の選挙では「嘘をつかず、誠実に」という言葉を掲げました。問題をできるだけ正面から受け止めるということは、常に心掛けています。

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